研究紹介

 研究室では、海洋生態系の変動メカニズムの解明に向けていろいろな研究課題に取り組んでいます。特に、海流や波浪、水塊の構造がどのように変動し、その変動が、海洋生態系を支える栄養塩や基礎生産者としての植物プランクトン、魚類の餌料となる動物プランクトン、そして魚類にどのようなインパクトを与えるのか、様々なスケールの変動を対象としてアプローチしています。それは、海面付近の数秒程度の変動から大気と連動した数10年規模の変動、地球温暖化に代表されるような100年規模の変動を含みます。扱う対象は、波浪、黒潮、中層循環といった海洋の物理現象から栄養塩、植物プランクトン、動物プランクトン、さらには、マイワシ、マアジといった魚類やサンゴ、エチゼンクラゲ等に至るまで多岐にわたります。研究方法は、物理同化モデルや生態系モデルを用いた数値シミュレーションと船舶、係留ブイ等による現場観測で、衛星データや既往の観測資料も利用します。つまり、海洋生態系の理解のために、自分に利用可能なものは何でも利用するというスタンスをとっています。以下に主要な研究課題について簡単に紹介します。

  1. 黒潮が海洋生態系に与えるインパクトの定量的解明
  2. 波浪が沿岸域の生態系に与える影響の解明
  3. イワシ類やマアジ等の輸送・回遊経路と生残機構の解明
  4. 地球温暖化が海洋生態系に与える影響の解明
  5. 海洋環境の変化に伴う有害生物の大増殖の機構解明


黒潮が海洋生態系に与えるインパクトの定量的解明

黒潮が周辺海域の栄養塩供給に与える効果

黒潮が生物、物質輸送に果たす役割

 黒潮は北太平洋の亜熱帯循環の一部であり、日本周辺に温暖な気候をもたらすとともに、イワシ類やサンマ、カツオやマグロ類など豊かな海の幸をもたらしてくれます。黒潮が持つ膨大な熱輸送量が海洋の物理場や気象に与えるインパクトについてはこれまでの長い研究の歴史から多くのことが定量的に分かっています。しかしその一方で、海洋生態系に与えるインパクト、さらに言えば、生物地球化学的なインパクトについては多くが謎に包まれています。この点が定量的に解明されない限り、マイワシ資源量の大変動の要因を解明することはもちろん、地球温暖化が日本周辺の魚類資源に与える影響を解明することはできないでしょう。そもそも、黒潮の表層は貧栄養であることが知られており、なぜそのような海域を多くの魚類が産卵場としているのか、分かっていません (黒潮パラドックス)。こうした中、研究室では2009年4月、学術研究船淡青丸を利用した黒潮域の詳細観測によって、黒潮域にも北大西洋の湾流域でよく知られている高栄養塩帯が強流帯に沿って分布することを、世界で初めて確認しました1)。この強流帯に沿った栄養塩の帯はNutrient Streamと呼ばれ、北大西洋では亜寒帯域の高生産への栄養塩の重要な供給ルートとなっていることが知られています。研究室では、現在、この Kuroshio Nutrient Streamが周辺海域への栄養塩供給においてどのような役割を担っているのか、定量的解明に向けて、数値モデルも併用して解明を進めています。


2009年4月の淡青丸KS-09-3航海の測点図
(●印は乱流計による鉛直拡散の観測点を示す)

ポテンシャル密度σθ=25.5面上での硝酸塩濃度。横軸は観測ライン (上図) の番号、縦軸は黒潮流軸 (黒潮流速最速位置) からの距離で沿岸側を正、沖合側を負としている。等密度面上で見ると、黒潮の強流帯に沿って栄養塩が高いことが分かる。

1) Komatsu K and Hiroe Y (2019) Structure and impacts of the Kuroshio nutrient stream, "Kuroshio Current: Physical, Biogeochemical and Ecosystem Dynamics (AGU Geophysical Monograph Series)”, eds. Nagai T et al., John Wiley and Sons, Inc, Hoboken, 85-104, DOI :10.1002/9781119428428.ch5

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波浪が沿岸域の生態系に与える影響の解明

うねりの起源と沿岸域環境への影響

観測機器の新規開発による大気海洋境界過程の実態解明

 波浪は海上を吹く風によって生じる重力波で、発達過程にある比較的短周期の波を風波、風の弱化や風向の変化により減衰過程にある比較的長周期の波をうねりといいます。波浪は身近な現象であるがゆえに研究の歴史は古く、これまで多くの知見が得られているとともに、現業の波浪予報は非常に高い予測精度を実現しています。しかしながら、波浪は、風からのエネルギー入力、風波成分波間の共鳴相互作用、砕波によるエネルギー散逸によって発達、減衰をしますが、個々のメカニズムについては、まだまだ不明な点がたくさんあります。例えば、砕波は強い非線形現象ですが、定量化が難しく、その実態はよくわかっていませんし、しばしば海難事故の原因となる巨大波の発生メカニズムも未解明です。また強調すべき点として、波浪はそれ自体興味深い現象ですが、大気と海洋の境界の現象であるために、大気と海洋間のエネルギー、運動量、物質の交換過程を規定する重要な因子となります。海洋表層流や混合層過程、大気中の二酸化炭素の吸収率を精度よく推定するためには、波浪の正確な情報を把握しておく必要があり、波浪は、以前にも増して重要な研究対象となっています。しかしながら、現状では、特に沖合域では沿岸域に比べると波浪の実態解明はそれほど進展していません。それは、沖合での波浪計測に膨大なコストがかかるためで、太平洋全体でも、沖合の波浪をモニタしているのは、気象庁とアメリカのNOAAを中心に数えるほどしかありません。そうした中、GPSを利用した低コストの波浪計測ブイが開発され、比較的簡便に沖合波浪の観測研究ができるようになってきました。
研究室では、このGPS波浪ブイに超音波風速計を取付けて岩手県の大槌湾内に係留・設置して、2012年10月から2017年6月まで、湾内の波浪と海上風の連続モニタリングを実施しました。その結果、湾内の波浪の変動は沖合から伝播して来るうねりの影響に支配されており、しかも興味深いことに、湾内の波浪に影響を与えるうねりの発生海域は、湾口の形状に強く依存していることも分かりました2)。つまり、三陸のリアス海岸では海岸線が複雑に入り組んでいるので、隣接する湾でも湾口の形状が異なると湾内の波浪の特徴が大きく異なります。現在研究室では、このようなブイ観測と数値モデルの併用により、波浪が沿岸域表層の生物生産に与える影響の解明を目指して研究を進めています。また、このGPS波浪ブイにモーションセンサ、3次元超音波風速計を取付けて未だ全容解明が進んでいない、沖合域の大気海洋相互作用の実態解明に取り組んでいます。さらに、最近では、バイオロギングの研究者と協力して、海鳥に小型のモーションセンサを取付けて、海上風や波浪をモニタリングする手法の開発にも取り組んでいます3)

2) Komatsu K, Tanaka K (2017) Swell-dominant surface waves observed by a moored buoy with a GPS wave sensor in Otsuchi Bay, a ria in Sanriku, Japan. J. Oceanogr., DOI: 10.1007/s10872-016-0362-4

3) Harcourt R, Sequeira AMM, Zhang X, Roquet F, Komatsu K, et al. (2019) Animal-borne telemetry: An integral component of the ocean observing toolkit. Front. Mar. Sci., DOI: 10.3389/fmars.2019.00326


岩手県大槌湾内で風と波浪を観測中の風速計付きGPS波浪ブイ


沖合域で大気・海洋境界面の乱流フラックスを計測するために新たに開発した多機能ブイ


大槌湾内で観測された有義波高と沖合海上風速 (大槌湾に向かう方向の成分) との間のラグ相関係数の最大値。破線は、大槌湾の湾口が開いた方向を示す。

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イワシ類やマアジ等の輸送・回遊経路と生残機構の解明

高解像度海洋データ同化モデルを利用した仔稚魚の輸送環境の実態解明

耳石酸素安定同位体比と数値モデルの利用による回遊経路の解明

 イワシ類、サンマ、マアジなど日本周辺の重要浮魚類の資源は一定ではなく、年ごとに大きく変動することが知られています。従来の研究では、そうした浮魚類の資源変動は、卵発生後間もない仔魚期の生残の多寡が重要であるとの指摘があります。仔魚期では遊泳力がほとんどないため、各個体は海流に受動的に流されていきます。ここから推定されることは、良い環境(水温が好適、餌が豊富、捕食者があまりいないなど)に流される個体群は生き残りが良く、逆に悪い環境に流される個体は生き残りが悪くなるだろうという点です。このことから、各個体の輸送経路と輸送環境を精度よく推定することができれば、そして、これをその年の発生群全体で推定することができれば、その年の発生群の加入量をある程度の確度で予測できることが期待できます。これまでのネット採集と耳石解析を中心とした研究では、採集された仔魚がどのような環境に流されているか具体的に推定することには限界がありました。しかし、最近の数値シミュレーションの精度向上により、仔魚の輸送経路と輸送環境がある程度正確に推定できるようになってきました。研究室では、海洋データ同化モデルを水産海洋研究に初めて適用し、海洋の物理環境を高精度に再現することで、マアジ仔魚の輸送経路と生残過程をある程度正確に推定することに成功しました4)。現在ではここで用いたスキームは他の魚種にも適用され、水産海洋研究で一般化しています。
また、最近では、各個体が輸送・回遊途中で経験した海水の水温や塩分を反映する耳石酸素安定同位体比を用いて、マイワシの回遊経路を推定することに成功しました5)。現在、推定した輸送・回遊環境をもとに、個体群の生残機構の解明に取り組んでいます。

4) Kasai A, Komatsu K, Sassa C, Konishi Y (2008) Transport and survival processes of eggs and larvae of jack mackerel (Trachurus japonicus) in the East China Sea. Fish. Science, 74, 8-18, DOI: 10.1111/j.1444-2906.2007.01491.x

5) Sakamoto T, Komatsu K, Shirai K, Higuchi T, Setou T, Ishimura T, Kamimura Y, Watanabe C, Kawabata A (2018) Combining microvolume isotope analysis and numerical simulation to reproduce fish migration history. Methods in Ecology and Evolution, 10, 59-69, DOI: 10.1111/2041-210X.13098

※クリックで動画を再生します。

マアジ仔魚の数値シミュレーション。海洋データ同化モデルで海流と水温を再現し、2月1日に台湾沖に発生した仔魚群(灰色の点)を輸送させた。粒子の細かい動き、一部は太平洋へ、一部は日本海へ向けて流されているのが分かる。


海洋データ同化モデルと耳石酸素安定同位体比の分析から推定したマイワシの回遊経路。産卵場所 (日本南岸の青い点) から採集された場所 (緑色の星印) まで、最初は黒潮に乗って、その後、黒潮・親潮移行領域に向けて回遊している様子が分かる。

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地球温暖化が海洋生態系に与える影響の解明

地球温暖化が生物地球化学循環に与える影響予測

地球温暖化が温帯性サンゴの生息場所の変化に与える影響の解明

 地球温暖化は現在最も注目されている環境問題の一つです。地球温暖化によって気温や海水温が何度上がるとか、海面水位が何m上昇するか、といった物理場への影響については、大気海洋結合モデルの高精度化である程度の確からしさで推定することが可能になってきました。しかし、地球温暖化によって漁獲量は増えるのか減るのか、増える種は何で、逆に減る種は何かとか、魚類の生息場所はどのように変わるのか、種の遷移や魚種交替はどうなのか、といった魚類への影響、すなわち海洋生態系への影響は、現象の複雑性と生態系モデルの不確実性から、物理場のような確度で推定することはできていません。研究室では、その精度を向上させるため、高解像度の3次元低次生態系モデルを用いて日本周辺海域の動植物プランクトンがどのように応答するか、温暖化予測実験を行っています。なお、この実験では本研究室が世界にさきがけて開発した、太平洋域の海洋生態系をより現実的に再現した物理同化渦解像低次生態系モデルがベースの一つになっています6)。また、最近では、地球温暖化が温帯性サンゴの生息場所の変化に与える影響について、飼育実験と数値モデルによる研究も実施しています。

6) Komatsu K, Matsukawa Y, Nakata K, Ichikawa T, Sasaki K (2007) Effect of advective processes on planktonic distribution in the Kuroshio region by a 3-D lower trophic model with data assimilated OGCM. Ecological Modeling, 202, 105-119, DOI: 10.1016/j.ecolmodel.2006.08.023


数値モデルで予測した現在値 (2000-2010年の年平均値) から将来予測値 (2090-2100年の年平均値) の変化。いずれも、混合層内の値を示す。(b) はブルーム種である中心目珪藻の占有率の減少が、世界的に有数の漁場として知られる黒潮・親潮移行領域で著しいことが分かる。

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海洋環境の変化に伴う有害生物の大増殖の機構解明

エチゼンクラゲの大量発生・輸送機構の解明

三陸内湾域の貝毒原因藻類の出現機構の解明

 エチゼンクラゲ (Nemopilema nomurai) は傘の直径が2m以上にもなる大型クラゲで、近年では2001年に日本海沿岸域を中心に日本周辺海域に出現し、以来、出現の多寡はあるものの、ほぼ毎年、対馬海峡から日本海沿岸域にかけて出現します。多い年には、定置網など海域の漁業に甚大な被害を及ぼしました。2001年までほとんど出現しなかったエチゼンクラゲがどうして2001年以降出現するようになったのか。おそらく2001年以降発生量が激増し、海流に乗って日本海に輸送されてきているものと考えられますが、発生量が激増した要因についてはよく分かっていません。水産庁、水産総合研究センター(現水産研究・教育機構)他による最近の調査・研究で、発生域は東シナ海の中国沿岸部~黄海の朝鮮半島沿岸部であることが特定されてきました。これにより、(ストロビレーション)発生時期である春季の発生海域のクラゲの量を推定することができれば、先述の浮魚仔魚と同じ理屈で、数値シミュレーションを使うことにより、クラゲが何時、何処に、どの程度輸送されてくるのか、ある程度の確度で予測することが可能です。ただし、エチゼンクラゲは遊泳力を持っており、日周鉛直運動することが水産総合研究センターの研究で分かっており、予測の精度を上げるためには、そうした過程をモデルに導入する必要があります。小松准教授は、水産総合研究センター在籍時に、水産庁の事業の中でデータ同化モデルを使った数値シミュレーションで、東シナ海で発見された群が対馬海峡周辺に出現する予測を実施し、出現時期をほぼ的中させました7)
また、最近では、2011年3月の東北大震災以降、岩手県の大槌湾を研究拠点として、三陸のホタテやカキ等の養殖に甚大な被害を与える貝毒の原因となる渦鞭毛藻の増殖と海洋環境との関係についても研究を進めています。

7) 小松幸生 (2007) 東シナ海における大型クラゲの回遊予測,日本水産学会第52回漁業懇話会報,14-18


エチゼンクラゲの輸送予測。(左)観測情報をもとに初期分布を設定 (2006年7月5日)。海域ごとに色分けしている。(右)20日後の予測シミュレーション (7月25日)。紫色の粒子が対馬に漂着している。実際は1日前の7月24日に対馬周辺海域で水産工学研究所により分布が確認された。モデルによる予測がほぼ的中した。

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