東京大学大気海洋研究所 海洋生物資源部門 環境動態グループ

研究活動

研究活動(林沅)

研究タイトル:Ocean DNAを用いた日本周辺の魚類群集構造の地理的特徴及び影響因子の探究


気候、海洋環境、および漁業活動の変化が、世界の重要な漁業対象種の生産に深刻な影響を及ぼしています。
地球温暖化による水温上昇により、外温動物である魚類はは、極方向へと分布を移動しており、亜寒帯および極域の魚類の増加が予想されます。しかし、外洋における魚類群集の分布パターンについては不明な点が多く残されています。
加えて、地球温暖化に伴う貧酸素化も魚類に影響を与えることが危惧されています。水温、餌料、および溶存酸素濃度が魚類の成長に与える影響については、実験室レベルでの研究が行われていますが、各類種が実際の海域の溶存酸素濃度にどのように応答しているかについて、私たちの知識は限られています。
海洋には中規模渦と呼ばれる数100km程度の大きさの渦が存在しますが、これまでの研究によって溶存酸素の多い暖水渦に「まぐろ類」の漁場が多く形成されることが示されています(Xing et al., 2024)。これは酸素が十分にあり、水温も適切なため、長時間に渡り「まぐろ類」が中深層の「はだかいわし類」を摂餌できるためだと推測されています。
しかし、実際に暖水渦に「まぐろ類」や「はだかいわし類」が沢山存在するのか、大規模に調べられてはいません。このような、中規模渦などの海洋フロント域で、魚類がどのような分布パターンを持ち、溶存酸素濃度と魚種分布との間にどのような関係が存在するかを明らかにすることは、今後の地球温暖化の進行に伴う魚類の応答を予測するうえで緊急の課題です。

1. 研究方法の概要
本研究は、海水サンプルから環境DNA(外洋ではOcean DNAと呼ぶ)を収集することで、魚類の存在を確認します。環境DNAは、生物が周囲の環境に放出するわずかなDNAで、皮膚、鱗、廃棄物、その他の組織に遺伝的な足跡を残します(Pawlowski et al., 2020)。環境DNAは、生物群集を殺傷することなく検出する革新的な方法であり、私たちが魚類の分布の変化を大規模かつ迅速に監視し予測することを可能にします。


図.環境DNAの分析の流れ(素材:https://www.biorender.com/)
2. 海でのサンプリング
現在、主に利用されている学術研究船は「新青丸」(約1-2週間)と「白凰丸」(約1ヶ月)です。船上生活を心配する必要はありません。
航海体験は視野を広げるだけでなく、科学研究者として社会と環境に対して負う責任を深く理解する機会でもあります。
これは人生で得がたい貴重な経験だと思います。




図.KS-23-11航海の景色と食べ物
3. 準備作業
研究員たちは異なる様々な研究グループから構成されます。最初の観測点に到着する前に、十分な観測準備をして臨みます。
全員の協力が、航海を無事に完了するための最も重要な前提条件です。







図.KS-23-11航海中のチームワーク
4. 開始作業
Ocean DNAグループがサンプルを採取する際には、水をくむためのバケツとNiskinボトル(下の写真の灰色の筒)を装備したCTDを使用します。
初めて船に乗るとしても全く心配はいりません。
毎回の航海で、専門の技術スタッフがCTDについての知識を事前に説明し、その後に実際の練習を行います。




図.Ocean DNAサンプリング方法とCTD(KS-23-11撮影)(素材:https://www.biorender.com/)
5. サンプルのろ過
採取が完了した後、サンプルは速やかに船上の設備の整った実験室に移され、ろ過処理が行われます。このステップでは、サンプルが外部の汚染を受ける可能性を最小限にするために厳格な実験室のプロトコルに従う必要があります。実験プロセスのすべての詳細に十分な注意を払うことで、得られるデータの正確性と信頼性を確保します。
このような精密で慎重な操作により、実験結果の品質が保証されるだけでなく、実験者にとっても貴重な学習プロセスとなります。


図.ろ過ポンプの概略図と実物の写真(KS-23-11撮影)
6. サンプルの保存と後続実験
採取されたサンプルは一時的に船上の冷凍庫に保存され、帰港後に実験室に持ち帰り、DNAを抽出し、MiFishバーコードによる次世代シーケンスを行ないます。





図.DNA抽出前のサンプル
7. データ分析
実験結果に基づいてデータ分析を行い、魚類群集の組成結果を得ます。
分析には通常、PythonやRなどのプログラミングソフトウェアが使用されます。
環境動態グループでは、実験室のメンバー向けにPythonコースを開講しており、宿題を真剣に取り組んで積極的に練習すれば、すぐにデータ統計分析やグラフ作成に熟練したスキルを適用できるようになります。


図.種組成スタック円筒図、異なる色は異なる種を表す
8. 環境要因分析
魚類群集の分布パターンを得た後、実際の海洋環境データと比較し、変化に富む複雑な海流システムの中で、魚類群集が環境変化にどのように応答するかのそのダイナミクスを探求します。
これには、海洋物理学的な要素、例えば温度、溶存酸素、および海流の変化が魚類の分布パターンに与える具体的な影響が含まれます。
これにより、環境要因が魚類群集の構造を時空的にどのように変動させるかを明らかにします。

9. 将来の予測
魚類群集の分布パターンと温度、溶存酸素などの変化への応答を把握した後、我々はさらに地球温暖化による将来の魚類の分布と漁獲量の予測を行います。


図.将来の魚類分布を予測するプロセスの概念図