東京大学大気海洋研究所 海洋生物資源部門 環境動態グループ

研究活動

研究活動(王子欽)

        

魚類成長-回遊モデルの魚食性魚類への適用に関する研究:マサバとカタクチイワシを例として

        
プレスリリース「マサバの成長と個体数変動のモデル化を実現」
        
世界各海域において漁獲対象魚種のレジームシフトとして、「魚種交替」と呼ばれる現象が注目を集め、多くの研究がなされてきました。
日本周辺海域では、マイワシが減少するとカタクチイワシやサンマが増え、カタクチイワシやサンマが減るとマサバが増え、マサバが減るとマイワシが増えるという「魚種交替」が生じることが知られています。
カタクチイワシとマイワシの「魚種交替」は、両種の成長の適水温の差によって説明されており、この適水温仮説は、水温に依存した成長を仮定した個体群動態モデルにも導入され、「魚種交替」の説明に使用されています。
しかし、生物エネルギー的に考えれば、水温によって呼吸代謝による消費も変化するはずですし、餌料密度も摂餌量を通して成長に大きく影響するはずです。
したがって、水温依存する成長を仮定するのではなく、摂餌によるエネルギー取得と呼吸代謝などによるエネルギー消費の収支を表現できる生物エネルギーモデルと個体群動態モデルを結合させたモデルを開発し、水温や餌料がそれぞれの魚種の成長や「魚種交替」に与える影響のメカニズムを定量的かつ体系的に解明することが必要不可欠です。
本研究の目的は、生物エネルギーモデルと個体群動態モデルを結合したモデルを用いて、日本周辺、特に北西太平洋で発生する魚種交替のメカニズムを解明することです。
そして、将来進行する地球温暖化の影響下で、今後魚種交替がどのように変化していくのか評価することにあります。


1. 生物エネルギーモデルの構築

先行研究を調べマサバの生物学的パラメーターを収集し、生物エネルギーモデルに導入するために、定式化あるいはパラメータ化します。


2. 環境データの整理

生物エネルギーモデルを駆動するために、餌料環境を示すクロロフィル-a及び水温の値を衛星データから取得します。
初期段階では季節的な回遊経路を固定し、回遊時期に相当する空間範囲で平均した餌料環境、水温を作成します。


3. 生物エネルギーモデルのコーディング

pythonを用いて生物エネルギーモデルをcodingします


4. 生物エネルギーモデルの調整

生物エネルギーモデルの中でも、先行研究から求めることが難しいパラメータが存在します。
その一つに成長にとってとても重要な摂餌の半飽和定数というものがあります。
摂餌の半飽和定数は、摂餌量の餌料密度への依存性を示すもので、大きい値を指定すると餌料密度が高くならないと摂餌量が増えないのに対し、小さい値を指定すると餌料密度が低くても摂餌ができる状態を示します。
摂餌の半飽和定数を調整して、現実的な魚類の成長を再現できるようにします。


5. 産卵アルゴリズムの開発

今回の研究ではGkanasos et al.(2019)で提案された産卵アルゴリズムを基本に、成長と卵形成のエネルギー分配、産卵量をモデル化しました。

6. 個体群動態モデルとの結合

生物エネルギーモデルから計算された産卵量をもとに初期の卵数を決定し、生物エネルギーモデルから計算された体長や成長をもとに死亡率を計算し、個体数の変化を計算します。
このように生物エネルギーモデルと個体群動態モデルを結合することで、資源尾数や資源量の変化を計算できます。


7. 個体群動態モデルの調整

個体群動態モデルの中でも、先行研究から求めることが難しいパラメータが存在します。
その一つが死亡率の体長、成長依存性です。
死亡率の体長、成長依存性を調整して、モデルによる過去の再生産成功率の経年変動計算結果と、過去の再生産成功率の間の誤差が最小になる死亡率のパラメータを求めます。


8. 魚種交替メカニズムの解明

上記のモデルシミュレーション結果を解析することで、水温と餌料環境が個体群動態へ影響するメカニズムを明らかにします。
現在はまだマサバだけのモデル開発段階ですが、将来的にはカタクチイワシのモデルと結合させ、カタクチイワシとマサバの被食-捕食関係を取り入れたモデルを解析し、メカニズムの考察を行います。